長野市は善光寺を背骨に栄えた街でございます。

長野市を見守るように、その重厚な佇まいを持つ国宝・善光寺

 

明治の初期頃までは、社寺仏閣へ女性が参拝することは許されない時代がありました。

いわゆる【 女人禁制 】です。

 

これには宗教的な思想があったようです。

明治初期までは女性は修行の妨げになるとか云々で、その仕来り(思想)が当たり前であったため、様々な思いを遂げたくともお参りは愚か、境内に立ち入ることすら許されませんでした。

 

しかしここ【 信州善光寺 】は違います。

 

当時を記録した書物などは、焼失などにより分からない部分もありますが、善光寺縁起などによりますと女性が登場したのはなんと飛鳥時代にまで遡ります。

また庶民の間で伝わる伝承では、奈良時代には既に女性に対し門戸を開いていたお寺であったと伝えられています。

 

これらのことからいつしか信州善光寺は、「女人救済のお寺」や「庶民信仰のお寺」といわれ、また「ぜんこうじさん」と親しみを込め「さん」付けで呼ばれるようになりました。

今なお多くの方が【ぜんこうじさん】と言われます。

 

そんな庶民を見守るように、そして長野市の鎮守様のように、長野市を見下ろすように高台へ建立されております。

 

金堂(本堂)から延びる表参道を南へ約2㎞下りるとそこはJR長野駅。

昔は善光寺さんの形をした、全国でも大変貴重な仏閣型の駅舎でしたが、時代の流れか新幹線開通とともにその姿を消してしまいました。

 

しかし今ではJR長野駅前広場に、天竺(インド)・毘舎離国の月蓋長者の娘である【 如是姫 】の立像が建立されております。

 

ただ面白いことにこの如是姫様がなんと長野駅入り口に背を向けております。

これは如是姫が原因不明の難病にかかり、その難病から命を救ってくださった善光寺如来様に対し、善光寺の御本尊として奉られている阿弥陀如来様の方(本堂の在る方角)を向き香花を捧げているお姿です。

そして【 牛にひかれて善光寺まいり 】のフレーズで有名なお婆さんも当然・・・女性です。

 

善光寺さんは古今東西、今までもこれからも老若男女問わずその思いを受け止めて下さる、まさに長野市のシンボル、いや、世界で唯一無二のお寺で御座います。

 

このページで善光寺さんのすべてを語るのは当然不可能で御座います。

是非とも一度は皆様の目で肌で善光寺を感じてください。

荘厳たる朝の行事【 お朝事 】は、凛とした空気に包まれ、心身ともに清められます。

 

まさに【 一生に 一度は参れ 善光寺 救い給うは 弥陀の浄土へ 】です。

 

善光寺について詳しくお知りになりたい方は、善光寺事務局へお問い合わせください。

※善光寺公式HPリンク届出許可認証済み